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老杉に覆われ深い緑に浮かび上る朱色の社殿が極めて壮麗で美しい霧島神宮。
九州に数あるそのような社のなかでも一線を画すものである。
日本最古の歴史書「古事記」に綴られ、「天孫降臨」で知られる瓊瓊杵尊【ニニギノミコト】が天照大御神【あまてらすおおみかみ】の命(地上界統治)を受け天上界から降り立った地が鹿児島と宮崎の県境に連なる霧島連峰の高千穂峰【たかちほのみね:標高1573m】と伝えられている。
霧島神宮の起こりはこの高千穂峰の山岳信仰によるものと言われ、創建は6世紀にまで遡るという。御祭神は勿論のこと、天照大御神の孫「瓊瓊杵尊」である。
国指定重要文化財(平成元年5月指定)
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霧島神宮を訪れると最初に驚くのは迎える巨大な大鳥居である。
天孫降臨の地・高千穂峰を背後に控えるに相応しく、車道2車線を優にまたぐ鳥居は高さ23m、西日本一の大きさという。(ほんと、かなりでかかです)
大鳥居の手前左手には観光案内所や無料の足湯があるので旅の情報収集、参拝後の一休みに利用されたし。
大鳥居をくぐり進むとお土産店や食事処が軒を連ねる。両側の駐車スペースに車を停めて参拝に訪れてもよいようだ。さらに広い駐車場へはロータリーの右側から回り進むとよい。(健脚でない方にはこちらからがやさしい)
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道がロータリーになっていて 両側は駐車スペース |
ロータリー周辺はお土産店、食事処が軒を連ねる |
三の鳥居、神秘的な雰囲気が漂う |
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霧島神宮の風景で特に印象深く映るのは社務所前の広場から社殿へと続くアプローチである。
空間の幅全体に築かれた石段の上に鮮やかな朱色の「三の鳥居」が凛と立つ。両脇からは社殿への参道をトンネルのように覆う緑が何とも美しく神秘的な雰囲気を創り出している。
石段を上り、鳥居から続く石畳を歩き進むと視界が徐々に広がるにつれ光の眩しさにうっすらとしていた社殿の朱色が周囲の緑とともに鮮やかなものとなり、その壮麗な建築は見る者を一瞬にして魅了するような躍動感を放っている。
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何とも美しい造りである |
お賽銭を入れて拝礼する、勅使殿 |
毎日多くの参拝客、観光客が訪れる |
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社殿の右奥、神楽殿 |
樹齢約800年の杉、御神木です |
坂本龍馬、おりょうも参拝したという |
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最初の創建は高千穂峰・山頂にあったと言われる社であるが、度重なる霧島の山々による噴火の災厄を受け炎上・移転を繰り返し1484年に現在の場所へと移された。
現存する社殿は薩摩21代藩主・島津吉貴【しまずよしたか】によって1715年に再建・寄進されたもので、ご覧のとおり見事な社殿である。
本殿、幣殿、拝殿、登廊下、勅使殿【ちょくしでん】が平成元年(1989)5月に国の重要文化財に指定されている。
また、外観もさることながら本殿との境にある幣殿内部の極彩色の龍柱は凄い迫力だ。(内部は残念ながら一般には公開されていない)
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彫刻も見事。鮮やかな彩色 |
登り廊下の向うが拝殿 |
傾斜を利用した建築が奥行きを感じさせる |
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また、社には天孫降臨の神話に登場する九人の神様とされる約250年前の天狗面が9つ残っており宝物とされている。(残念ながらこちらも一般には非公開)
霧島神宮では年に多くの御祭儀が行われるが、なかでも毎年元旦と2月11日に奉納される霧島九面太鼓は、天孫降臨神話をモチーフとした勇壮な郷土芸能でぜひ拝見したいところ。(霧島九面太鼓保存会HP)
その他、霧島と言えば温泉郷としても広く知られているが、かの坂本龍馬も京都伏見の寺田屋事件(1866年1月)によって負った傷を西郷隆盛の斡旋によりここ霧島へ湯治しに妻・おりょうと共に訪れている。(湯治に滞在したのは塩浸【しおひたし】温泉)
二人は高千穂峰の山頂に立つ「天の逆鉾」を見ようと登山した後、霧島神宮に参拝したのだという。
想像するにきっと龍馬とおりょうも霧島神宮の壮麗さには感銘したに違いなく、結婚直後に訪れたここで幸せを祈ったことだろう。これが日本最初の新婚旅行だといわれている。
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