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隠家森【かくれがのもり】とあるから、てっきりそういった鬱蒼とした森があると思う自分がいる…しかし… 朝倉町の国道386号線を日田方面に走っていると、隠家森は右と表示される。「そちらは川じゃん、山は左だよ、おかしくない?」と半信半疑でハンドルを回す。国道を曲がるとすぐに筑後川にかかる恵蘇宿橋となるが、標識に従うとその森は国道と川のわずか200m弱のところにあった。 隠家森、それは大きな樟【クス:楠】の木であった。
国指定天然記念物
今は民家の中にその勇姿を見ることができる。 |
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樹齢は1500年を超えるとされ、全国8位の巨木とある。 子供達が遊んでいたので、特別に出演をいただいた(後ろ姿だけど・笑) 小学校低学年生とおぼしき彼らだが、木の幹で遊ぶその姿から巨木ぶりがお分かり頂けるだろう。相対的に、普通の木の枝に提げる“てるてる坊主”位の大きさに見えてしまう。
巨木は地上3m付近で大きく3方に枝をはっている。幹根元は8畳ほどの空間があるそうだ。また、3方に枝を広げている部分からは、樟に囲まれるようにしてムクの木が伸びているとある。
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伝説によると、昔ここ朝倉に関所がある頃、昼間関所を通れなかった者が夜になるまで隠れていたそうで、この木はこの地が森だった頃からあるので「隠家森」と呼ばれているとある。 盗賊や法を破った者達が隠れては、闇に乗じて関所を破っていたのだろう。やや物騒な話に聞こえるが、何も重罪な者だけが隠れていたとは限らない。 中には前記のような犯罪者でなくとも、往来手形、関所手形(女性はこの手形も必要とされた)が手配できない男女が、仕方なく関所破りをしていたことは十分に有り得る、と時代劇が好きな私はふと思い馳せるのであった。
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苦悩の果て、二人は駆け落ちしてこの森に辿り着いた。 月が水面に写る自分を見て、なぜ自分は半身しか写らないのか…と首を傾げ悩み続けていた頃、二人は関所を越えてしまえば後戻りできない現実に悩み続けていた。水面が鏡のように静まり、辺りはこの成り行きに固唾を飲んで静寂を守っているかのようだった。 関所破りは重罪だ、だがついに二人は無言で頷き合いその決意を確認し合う。まだ闇が残る朝方の暗闇に、それまで身を隠していた大きな樟の袂【たもと】を静かに後にした…
朝までの暗い間、樟に隠れ樟に守られていた二人、これが朝倉の樟が隠れ人の守【もり】となり隠家森となった由来かもしれない(編集注:ひょっとするとね。皆様憶測ですのでご容赦を)
二人を見守った樟は、今では隠れに来る人もいなくなり実は寂しいのかもしれないが、代わりにクスクスと笑い、元気に走り回る子供達を見守っている。
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